【短編小説】「僕はプレゼンテーションを証明しようと思う。」

彼はプレゼンテーションが絶望的に下手くそだった。
彼は人前で話すと、緊張し冷や汗が出た。相手の目を見て話すことができなかった。

当然である。
彼は生涯で数回しかプレゼンテーションをした事がないのである。



彼は、普通のサラリーマンの父親、専業主婦の母親の家庭に生まれた普通の少年だった。彼は両親から「人のためになることをしなさい」と言われて育った。気が弱くて、背が小さく、運動はできなかった。彼は読書が好きだった。本は彼を空想の世界に連れて行ってくれた。彼は本の主人公を自分に置き換え、空想の体験をした。空想の中で多くの失敗・成長し、時に大恋愛をし、時にヒーローになった。

しかし、現実世界の彼は、地味でオタクの少年だった。
彼が話題の中心になる事はなかった。

クラスの真ん中で友人を集め、机の上に座って話す人が羨ましかった。

クラスの中心人物は常にクラスの中心だった。小・中・高と人は変わったが、それらの人がもつオーラは変わらなかった。彼らは自然(ナチュラル)に、みんなの前で堂々と自分の意見を言い周囲を引きつけていた。


彼はいつかそうなりたいと思っていたが、当然そういったチャンスはなく、気づけば大学生になっていた。

大学生になればサークルに入り、人前で話す事も増えるだろう。明るい大学生活がきっと待っている。そう思い必死で勉強した。何とか都内の私立大学に入学した。

しかし、大学生になった彼にはますますプレゼンテーションの機会がなくなった。授業中に、先生から回答者に指名される事が無くなったからだ。

気弱な彼は当然サークルにも入らなかった。
夢に描いた大学生活からはほど遠かった。

卒業論文発表も、誰の顔も見ず、ただ決められたセリフを決められた時間内にきっちりと発表した。聴衆の顔を見る余裕は彼にはなかった。質疑応答にうまく答えられず、彼の代わりに指導教官が回答した。



そんな彼も就職をした。

第一志望群の会社には落ちたが、第二志望群の会社に受かった。

彼は営業を希望した。
営業では、お客様にプレゼンテーションができる。

プレゼンテーションをし、人を魅了したかった。
自分の提案で相手の心を動かし、自分の薦める商品を購買してもらいたかった。

そう、彼は就職をきっかけに、プレゼンテーションの世界に踏み出した。いわゆる社会人デビューだ。

 


しかし、半年間、彼は全く成果が出なかった。

彼は必死だった。

プレゼンテーションを実際にした事はないが、マンガ・ドラマで言われている事を、彼なりに実践していた。

 


お客様と紳士に向き合い
真心を込めてプレゼンテーションすれば
いつかは必ず上手くいく

 


興味を少しでも持ってくれたお客様に対して、その商品のよさ、他社の製品よりいかに自社の製品が優れているかを雄弁に語った。

熱弁すればすればするほど、お客様の顔は曇っていった。

お客様が「次に来た時には必ず買うわ」という言葉を信じた。再び来るお客様はいなかった。

 

 


彼は、自分で立てた目標はおろか、支店での最低の営業成績だった。


悩んだ後、彼は上司に相談した。


「お前はお客様との距離感が分かってないんだよ。プレゼンなんて普通に生活しとけば身につく技術だろ。小中高大でみんなを仕切る事あるだろ。あれと一緒だよ。この距離感が分からないって、お前終わってるな。」

 

上司の言ってる事は正しいと、彼は頭では理解していた。

ただ、上司のアドバイスは何の役にもたたないアドバイスだった。

その距離感が何かわからないのだ。

「上司の普通」は「俺の普通」じゃない。

彼は苦しそうな表情をした。いや、実際に苦しかった。

 

 

納得できていない表情の彼に向って上司は続けた。

「俺の言ってる事がわかるか? お前は、コミュケーション障害か? 相手の気持ちになって考える。小学校で習っただろ。なんでそんな当たり前の事ができないだ。」

話を聞いていた、周りの人や派遣のお姉さん達も「そうだ、そうだ」という顔をしていた。実際にうなづいている人もいた。


言いたい事も分かるでも実感がないんだよ。あんたは、そうやって言われてる俺の気持ちがわかってねーじゃねーか。綺麗事はいいんだよ。具体的にどうすりゃいいか教えてくれよ。


そう言いたかったが、小さく
「はい、すいません」
と言いながら頷いた。



途方に暮れていた彼は本屋に立ち寄った。
久しぶりに空想の世界に逃げたかった。

そこで、1冊の本をみつけた。
本のタイトルは、「僕はプレゼンテーションを証明しようと思う。」。
本の紹介には『プレゼン工学』と書いてあった。


彼は半信半疑でその本を手に取り読んでみた。

 


その本には、プレゼンデーションのノウハウが書かれていた。
心理学、統計学、行動経済学などを元にプレゼンテーションを分析していた。

そこは彼の知っているプレゼンテーション理論とは全く異なったものであった。

それまでの彼が信じていたプレゼンテーション理論は「お客様をしっかりと見つめ、真心を込めてプレゼンテーションすればいつかは相手に届く」といった内容であった。

 

しかし、プレゼン工学では、

・お客様は好きになった物を買うのではない、買ったから好きになる
・1人のお客様ではなく複数のお客様に同時にアプローチするべき
・購買可能性が低いお客様はすぐストップロスすべき
・購買させるために心理学(NLP)の技術で誘惑しろ

そういった技術が紹介されていた。

 

 

彼は、半信半疑のまま『プレゼン工学』を実践した。


彼の営業スタイルは変わった。

・自分が商品のよさを熱弁するではなく、相手が何を求めているかを聞き、そのニーズに合う商品や使い方を提案した。

・自分が売りたい商品ではなく、お客様が買いたい商品を提案した。

・一度に複数のお客様にアプローチした。

・自分からお客様に声をかけた。ルーディーンを使い信頼関係を構築し、会話を楽しませた後に、商品を買ってもらった。

 


彼の営業成績は少しずつ良くなっていった。

営業成績が良くなると、自分のプレゼンに自信がつき、さらにお客様は彼から商品を買うようになった。



ある日彼は出会って15分で30万する商品を売った。プレゼン師界では、その日に商品を買ってもらう事を"即"と呼ぶらしい。(なお、2回目の訪問での販売は"準即"という。"即"を量産する人は、凄腕プレゼン師と呼ばれ、プレゼン講師などもいるらしい。)


彼は、はじめて即をした。彼は調子に乗った。

プレゼン工学で、30万 即!
昔は全くダメだったけど、プレゼン工学で数字がとれるようになった!


彼はツイッター上に投稿した。
賞賛してくれる人もいた。彼らもプレゼン工学生だった。


一方で批判も多くあった。いや、むしろ批判の方が多かった。


・小手先のテクニックで商品を売るなんて邪道だ。キモい。本質で勝負しろよ。

・消費者の気持ち考えてる?消費者の気持ち考えたらプレゼン工学なんて絶対無理。

・消費者をモノとして扱っている。消費者は人なんだよ?わかる?

・プレゼン工学実践しているなんて元コミュ障でしょ?ダセぇよ。

 

批判はどれも真っ当のように聞こえた。

 

・プレゼン工学はプレゼン師の技術をまとめただけ。

・生粋のプレゼン者と、プレゼン工学生を見分けれる。前者はスマート、後者はキモい。

・プレゼン工学は宗教である。

・プレゼン工学生が営業すると人を不幸にするからやめて。

・プレゼン工学生は心の病気。

 

といった批判もあった。



彼は考えた。

確かに彼自身も小手先の技術で騙されるのは嫌だ。


世の中には「消費者ルールズ」という消費者向けのバイブルがある。

それには「購入する雰囲気を出しつつ3回目までは購入せず、おまけのオブションをたくさんつけてもらおう」といった戦略が堂々と載っていた。

 


昔の彼ならお客様のことを思い、そして数字のために何とかオプションをつけて買ってもらおうとしただろう。もしかしたら、赤字になるほどオプションを付けたかもしれない。

 

しかし、今の彼はこんなお客様が来たら5分で見切りをつけ、次のお客様に商品を売り込むだろう。


 

 


「プレゼン工学は邪教なのか?」

彼は迷ったあげく、数字つまり「営業成績」だけを見つめた。

 

彼はプレゼン工学を使い続けることにした。

 

 

 


彼は定期的に即ができるほどの力をつけた。

彼にとってプレゼンテーションはただのゲームになっていた。お客様にどう売りこめばいいか分からず悩んでいたあの時期が懐かしかった。

お客様の反応を見つつトークスクリプトを淡々と実施するだけだった。
お客様毎にトークスクリプトを少しだけアレンジしたり、自分なりのスクリプトを作ることは楽しかった。

ただ、お客様と出会ってから購買させるまでは単なる作業のようだった。

 



彼の営業成績は伸びた。

お金という実利も得た。

 

一方で、プレゼンテーションにドキドキもワクワクもしなくなった。

 


1人のお客様に執着しなくなった。
このお客様でなくても、次のお客様に買ってもらえればいいや。

商品を売れば売るほど、彼はそう思った。

 

 

彼は、月の初めに「月の目標値」を設定する。
ゴールから逆算された計画を立てた。

・こうやってやれば、X% の確率で購入してくれる
・客単価は平均 X,XXX円 だ
・目標にを達成するために XX人 にアプローチすればいい

そして、そのまま忠実にそれを淡々とこなす機械のようだった。

 

 


彼は困惑していた。

プレゼンデーションはもっとココロオドルものだと思っていたが、実際は無機質なものだった。


そもそも「プレゼンテーションがそういうもの」なのか、「彼の心に問題があ
る」のかは、彼は分かっていなかった。

 

 

ある日、仕事から帰った彼は、本棚を眺めていた。

ドラゴンボール・北斗の拳・スラムダンクの横に、「僕はプレゼンテーションを証明しようと思う。」があった。

 


久しぶりにタイトルを見た彼は

「知らんがな!!」

と、叫んでいた。

 

 


プレゼン工学は有用な技術であった。

実際に商品は売れた。

 

しかし、プレゼン工学で幸せになれるかは、全く別の問題であった。


彼はプレゼン工学で幸せになったか?

今のところ「No」である。

 

 

 

プレゼン工学で彼は変わった。

プレゼンに対する苦手意識もなくなった。
即もできるし、リピーターだって作れる。

しかし、皮肉な事に、その変化だけでは、彼は幸せになれなかった。

 


昔の彼は、プレゼンテーションができなかった。
彼はただ漠然とプレゼンテーションが出来るようになりたかった。
それが幸せなことだと思っていた。

 


プレゼンテーションが出来るようになった後どうなりたいか。
その次が彼には無かったのだ。

 

 


彼は、さらに自分を変えたかった。
ただ、どう進めばいいか分かっていなかった。

両親の「人のためになることをしなさい」という言葉を思い出した。
彼は「誰かの役に立ちたい」と思い、ブログをはじめる事にした。


ブログで、彼がプレゼン工学について考えた事・開発したプレゼンルーティーン・プレゼン記をまとめる事にした。それは、プレゼンテーションをした事のない誰か、そして、昔の彼自身に向けてのメッセージでもあった。

 

 

 

自分を変える事ができるかは分からない。

 

ただ、希望を込めたブログのタイトルは

「秘密の改革」

とした。

 

 

 

おわり

<スポンサーリンク>

 

<スポンサーリンク>